子どもの教育には最高!6000人の命を救った人道の人「杉原千畝記念館」にいってきました

日本人なら絶対に知って欲しい歴史があります。

第二次世界大戦時に国の指示に背き、6000人ものユダヤ人の命を救った「杉原千畝(すぎはらちうね)」という素晴らしい人物を知っていますか?

日本の歴史に名を残した偉人は数多くいますが、これほど人道的で素晴らしく、涙なくしては語ることができない話はなかなかありません。

現代の日本では「人道的な人」として有名になりましたが、その功績を日本政府が正式に認めたのは終戦から55年も経過した2000年になってからのことでした。

それまでの永い時間、この偉大なる人は日本政府から冷遇されており、その功績は世界では認められていたものの肝心の日本では歴史から抹消されていたのです。

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日本のシンドラー「杉原千畝」とは

杉原千畝氏を語る上で、まずは「日本のシンドラー」と呼ばれているところから説明が必要かもしれません。

シンドラーとは第二次世界大戦時にヒトラー率いるナチス・ドイツが行ったユダヤ人に対する大量虐殺から1200名もの命を救った人である。

その功績は後にスティーブン・スピルバーグの手によって、ナチス・ドイツの行った600万人ものユダヤ人を大量虐殺した、ホロコーストについて映画化をした「シンドラーのリスト」により世界中の話題となりました。

「シンドラーのリスト」はスピルバーグ監督の最高傑作

スピルバーグ監督の代表作には色々とありますが、その中でも「シンドラーのリスト」は最高傑作と言っても過言ではありません。

実際のところ第66回アカデミー賞では12部門にノミネートされ、そのうち作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、美術賞、作曲賞の7部門で受賞しました。

スティーブン・スピルバーグ監督作品と言えば「E.T.」や「JAWS(ジョーズ)」「インディ・ジョーンズ」など名だたる名作があります。

しかし、その名作と一線を画するのが「シンドラーのリスト」であり、戦争の悲惨さを風化させないためにも必ず観て欲しい、いや観るべき映画であると言い切ることができます。

600万人のユダヤ人を虐殺したホロコースト(組織的大量虐殺)

ホロコーストは、第二次世界大戦中のナチス党率いるナチス・ドイツがユダヤ人などに対して組織的に行った大量虐殺を指す。

第二次世界大戦時にナチス・ドイツの行ったホロコーストによるユダヤ人の犠牲者は600万人に及びます。

「シンドラーのリスト」の上映時間は3時間を超え、その映像の中で淡々とユダヤ人の受けた虐殺が映像化されていきます。

まるで虫を殺すかのように、何ごとも無いかのごとくユダヤの人々をナチス・ドイツは虐殺していきます。その映像はあっけなく、そして淡々と「パンッ」という乾いた銃声とともに多くのユダヤ人が倒れていきます。

気絶したのかと勘違いするほど簡単に人々がパタパタっと倒れていくのです。それは命を絶たれたと感じさせないほどあっけなく虐殺していきます。

映像の中で驚くほどの数のユダヤ人が虐殺され、山積みにされ、燃やされ、埋められる。おびただしい数に感覚が麻痺してしまいそうになります。

シンドラーのリストが脚光を浴びることで「杉原千畝」の存在が歴史上の表舞台へ

シンドラーが世界から脚光を浴びたことにより、日本の杉原千畝にもスポットが浴びせられます。日本人が知らない最も賞賛に値する日本人、それが杉原千畝でした。

シンドラーに劣ることのない、多くのユダヤ人を救うために尽力を持って行動した偉人を日本人は知りませんでした。

杉原千畝はナチス・ドイツに捕まって虐殺されることしか選択のないユダヤ人を救いました。彼らはポーランドなどの欧州各地から逃れてきた難民。

ナチス・ドイツからの侵攻からユダヤ人の生き延びる方法は、日本経由で安全な諸外国へと渡るしかありません。しかしその為には日本へ入国するビザが必要でした。

日本政府に逆らって発給した「命のビザ」

リトアニアのカウナス領事館であった杉原千畝は日本本国に対して、ユダヤ人に対しての日本行のビザ発給の申請をしましたが、最後まで許可はでませんでした。

しかし、ユダヤ人には時間がありません。このままではナチス・ドイツによって強制収容され、虐殺される運命しか残されていません。

そこで杉原千畝の取った行動は、本国の意向に背きユダヤ人に対してのビザ発給をすることだったのです。

人道的見解から殺されることが分かっている人々を見捨てることが出来ませんでした。その行動により自らの家族と自身に危険が迫るかもしれないのにです。

杉原千畝に救われたユダヤ人は6000名にのぼる

カウナス領事館が閉鎖になるまで発給し続けたビザ。

領事館を退去したあとも宿泊するホテルでビザを発給し続けました。そして国外退去のその瞬間まで駅でもビザ発給を続けたのです。

最終的に杉原千畝が発給したビザは2139通、そのビザを使って国外に脱出できた数はじつに6000人に及びます。

終戦後は解雇された杉原千畝

人道的見解から6000人ものユダヤ人を救った杉原千畝に対して、終戦後に日本の外務省から送られてきたのは「退職通告書」でした。

本国の意向に逆らってビザの発給をしたことが原因でした。

そこから永い年月、杉原千畝は表舞台に出ることはなく、この人道的行動も日本政府として認めることはありませんでした。

そして杉原千畝という存在も完全に歴史に埋もれてしまったのです。

助けられたユダヤ人は杉原千畝を28年間探し続けた

命のビザ」によって助けられたユダヤ人たちは、杉原千畝を探していましたが、日本の外務省は問い合わせに対して杉原の存在自体を認めませんでした。

そのため、杉原千畝が「命のビザ」で助かったユダヤ人と再会するには28年の歳月を要したのです。時代は流れ1968年のことでした。

海外から功績を讃えられ、数々の賞を受賞

しかし、日本政府からは歴史の中に葬り去られたままで、その功績が認められることはありませんでした。

日本政府が公式に杉原千畝へ対する冷遇を認め、その功績を讃えたのは2000年になってからのことです。

世界的に評価が高く、人道的に誇るべき日本人を認めない日本国。しかし、多くのユダヤ人たちの働きかけもあり名誉の回復に至りました。ただし、終戦から55年もの月日を要したのでした。

日本人なら絶対に訪れたい「杉原千畝記念館」

戦時中に自らの危険を顧みず、本国の意向に背いてまで6000人ものユダヤ人を救った人道の人である杉原千畝。

その記念館が岐阜県加茂郡八百津町にあります。

そこまで大きな記念館ではありませんが、海外からも多くの方が訪れている、日本が誇る記念館です。

展示物は涙なくしては見られない

記念館の中に展示してある写真には杉原千畝を称えるものもありますが、ホロコーストについての目を覆いたくなるような写真も若干ですがあります。

映像も胸が締め付けられるような、苦しくなるものもあります。

記念館に来られた多くの方の目は涙が溜まっているのが分かります。わたし自身も涙するほどに心が揺さぶられていました。

中学生になる息子も真剣な眼差しで見ていました。子どもの教育にはこれほど素晴らしいことはないと感じます。

館内は撮影禁止のため、展示物の画像はありません。ご自身の目で直接みてほしいです。
杉原千畝記念館
開館時間 9:30~17:00(入館受付は16:30までです)
休館日 毎週月曜日(祝日または振替休日の場合は翌日)・年末年始
料金  大人(高校生以上)300円/小人(小中学生)100円
住所 〒505-0301 岐阜県加茂郡八百津町八百津1071
電話 TEL:0574-43-2460(代)  FAX:0574-43-2460
アクセス

映画「杉原千畝 スギハラチウネ」は子どもと観ることができる

スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」は子どもには難しく、トラウマになるほど虐殺のシーンが終始続きます。

しかし、2015年に公開された映画「杉原千畝 スギハラチウネ」は悲惨なシーンはほとんどありません。

「シンドラーのリスト」と比較するなら1%未満の虐殺シーンしかありませんので、小学生の子どもと観ることが可能な仕上がりになっています。

おすすめ書籍

杉原千畝婦人の書かれた本。

心に響く良本、オススメです。

小学校高学年~中学生向け

児童向けに噛み砕いた書籍ですが、大人が読んでも分かりやすく、初めて読む杉原千畝氏に関する本としてはオススメな2冊です。

分かりやすいコミック

読みやすさなら漫画(コミック)が最高。

子どもにオススメ!

2018年度の道徳教科書に4社掲載

2018年度から小学校の道徳教科化に伴い作られた、教科書8社中4社に杉原千畝氏の「命のビザ」について教材として扱われることになりました。

外務省の訓令に背いてまでも、人道の観点からビザを発給する決断をしたことについて「道徳」という観点から考え、議論することを目的としているようです。

この素晴らしい決定には両手をあげて歓迎したいと思います。

参考 岐阜新聞Web

まとめ

過去の戦争についての話題は正直いって気が進みません。

しかし、日本人であるなら杉原千畝氏の人道的観点から行ったことは日本国民として、忘れてはならないことです。

そして終戦後の1945年から2000年という途方もない期間を日本政府は、その功績を認めることはありませんでした。

杉原千畝と聞いてもピンとこない大人の方はたくさんいると思います。だからこそ我々はもっと知らなくてはなりません。そして子どもたちには教えなくてはなりません。

戦争という悲劇と過ちの時代に、こんなにも素晴らしく友愛に満ちた「人道」の人がいた事を風化させてはいけないと思います。

参考 ウィキペディア:杉原千畝

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